韓国産の政治的世界観「反共」の背景

 

知っている人はずっと知っていたと思うが、従来から日本の右派が持つ政治アジェンダは、韓国の保守政治のそれと、非常に似通っていた 

  

再軍備改憲を目指す右派の政治家のみならず、全ての大手のテレビや新聞、「選択」などの情報系雑誌、HanadaやWill、チャンネル桜などの保守系雑誌にウェブメディア、Youtuberやブロガー、SNSで猛威を振るう有象無象のいわゆるネトウヨに至るまで(以下、面倒なので「日本ウヨ」と総称する)、不思議と韓国の右派と同じ問題関心を持ち、敵と味方を認定し、大暴れをしていた。具体的には、文在寅盧武鉉金大中ら革新派の大統領を憎み、曺国法相辞任に大興奮して文政権を昼夜叩き、強すぎる反共ワードで野党を攻撃したり、国際融和を期してリベラルな言動をする知識人や有名人を次々と「北朝鮮・中国のスパイ」と決めつけて袋叩きに勤しんでいた。 

  

安倍元首相の死に続く報道で、統一教会自民党を中心とした日本の各政党に影響を与えていたという事実が明らかになった。そのタイミングで、それまで猖獗を極めていた「朝鮮人叩き」が目に見えて沈静化し、さらには有名・無名問わず、日本ウヨが揃いも揃って統一教会の擁護もしくは無視に走った。これによって、日本ウヨの世論形成には、統一教会が関与している蓋然性があると、論理的な人間ならば誰であれ推定するところとなった。 

  

私はここから統一教会が押し付け、日本ウヨを魅了した韓国政治の反共世界観という、世間標準からすると、やや特殊なテーマに関心を持つに至った。世間を観察する限り、この関心はほぼ誰にも共有されておらず、非常にマイナーなものにとどまるようだ。だが、統一教会の根底にある「反共」という韓国産の政治的心象風景が、日本の政治世論に最大級の影響を与えているのを実際に目にした以上、その重要性をどれだけ強調しても、強調しすぎではないと思う。 

  

さて、ここで取り上げるのが、韓国現代史の著作「韓国現代史の深層 「反日種族主義」という 虚構を衝く」である。韓国で出版された書物の翻訳で、韓国・聖公会大学社会学部教授の金東椿が著したものの日本語訳である。著者・金東椿は、盧武鉉政権当時、真実和解委員会の常任理事として、韓国過去事清算をリードしてきた知識人だという。文在寅政権にも影響力を有した、とされている。 

  

本書タイトルにある「反日種族主義」は、元ソウル大教授の李栄薫が著し韓国社会に論争を巻き起こした著作で、本テーマと深く関係する上に、日本ウヨとも連動して世間でバズったが、今回はその話題はオミットし、本書内容にのみ着目する。 

  

本書は、第二次安倍政権以降に特に顕著な、韓国右派の政治的世界観、それはとりもなおさず、ほぼ常に連動し続けている日本ウヨの政治的世界観を理解するために、非常に良い本である。 

 

本書は、韓国右派が、北朝鮮との戦争、冷戦の過程においてその反共政治観をいかに形成したかその独裁や民主派弾圧の有様はどうであったか、さらに翻って、今に至る民主化のプロセスはどうであったかをなぞっている。 
 
日本ウヨの言い分は、日常から乖離しておどろおどろしい、日本の現実からは飛躍のあるもので、恐怖と脅しに満ちている。しかし、その価値観は、李承晩、朴正煕、全斗煥が独裁者として強権をふるっていた時代、すなわち朝鮮戦争に由来し冷戦時代に固まった韓国製の冷戦世界観だと心得、その世界観を思想的に継受する韓国右派がずっといて、その価値観を日本に輸入しウヨに浸透させていたのが統一教会、という一連の繋がりが呑み込めてくると、この20年あまり、日本世論を席巻し続けたウヨの正体は、なるほどこれか、と合点がいくのである。 

  

こういったらミもフタもないが、日本における統一教会の政治的成功は、韓国本国における激しい左右の政治闘争のついでに半分偶発的に生じた現象というのが本質ではないか。もちろん、文脈的には、米国外交筋、諜報筋と利害が一致したから、というのもあろう。だが、統一教会の歴史を調べてみると、米国の利害と一枚岩であるかというとそうとも言い切れず、あくまで韓国優先と考えるべき部分も多い。そんな団体が、なぜ日本でこれほどまで大成功を収めたのか、理由を考える必要がある。

 

統一教会を含む韓国右派は、あくまでも国内政治を有利にする目的で、日本の右派政治家やメディアにアクセスしていたにすぎない。しかし、統一教会ら韓国右派が弄した甘言は、総理大臣から主要メディアに至るまで、日本の右派が心から求めていたものであったのだと思う。だからこそ、あらゆる重要人物に取り入ることに成功してしまい、結果として、あくまでもマイナーにとどまる韓国国内とは比較にならないほどの大勢力を得てしまったのだと思う。すなわち日本ウヨは、々持っていた「過去の罪を消し去りたい」という醜い心を、統一教会にうまく利用され、今も利用され続けているといえる。

  

だから必然的に、本書を読んだ感想は、韓国右派は日本ウヨの何枚も上手というものになる。 

  

韓国民衆は反共独裁に抵抗し続けた結果、金大中盧武鉉文在寅といった民衆派リーダーを自ら途中で選び、どちらかの一方的勝利を続けることは許さず、緊張感のある政治情勢を作ることに成功した。

 

現在の韓国では、冷戦的な反共路線を貫こうという一派、それに抵抗する一派の間で、止むことのない激しい権力闘争があり、尹錫悦が李在明を打ち負かし大統領になった現時点では、反共派の勝利といったところであるが、それでもまだ勢力が拮抗している。

 

一方、日本は自民党支配=韓国製「反共」支配の永続にずっと無抵抗で、統一教会という韓国由来の反社会的(信者の財産を身ぐるみ剥がし、1万人に及ぶ日本人女性を身寄りのない外国に追いやったのだから、こう呼んで差し支えないだろう)な影響因子の仮面がはがれてもなお何も変わらず、といった体で「反共という裏国是」を崩さないかのように見える。 

  

本書は、戦後の韓国で反共独裁を取り仕切ってきたのは、日本統治時代に特高や警察で働いてた公務員や、あるいは北朝鮮から逃れてきたキリスト教牧師ら(つまり、統一教会創始者文鮮明の他にも複数、同種がいるのだ)と指摘している。 

 

また、歴代の大統領たちの罪に加え、金昌龍、崔聖模、呉制道、張都暎、張錫潤、韓景職、文鮮明、尹致暎など、人権を無視し、民衆を抑圧した自国人の有様を非難している。

 

さらに、韓国に無関心で無知な米国に対して、北朝鮮に対する盾として機嫌取りに執着し続ける指導層に対して、怒っている。米国は自国利益以外頭にないからである。

 
本書記載からいくつか抜粋する。 

 
>われわれは、独島を自分たちの領土だと言い張る日本に憤慨する前に、敗戦国日本の上に君臨して東アジアの国際秩序の枠を作った米国、そして8・15以降日帝残滓の清算をせず、内戦へと突入したわれわれ民族の愚かさを振り返らなければならない 
 
> 韓国が解放、すなわち「自由」を手に入れることができなかったことは、自身の問題、自身の利益を「自分の頭」で判断して決定できない精神的に不安定な存在だということである。 
 
こういった語り口は、韓国人のよる韓国政治の自己反省であるが、今改めて読むに、日本人にも刺さる言葉であると思う。 

  

そもそも、右派が統一教会らの政治浸透を許したのは、第二次世界大戦における歴史修正や、軍国的な価値観復活を支援する団体だったからである。つまり、過去の清算をできなかったがゆえである。 

  

また、日本の政治家、日本のメディア、日本国民一般が、自身の問題、自身の利益を「自分の頭」で判断して決定できないからこそ、これほどまでに政治家が統一教会の影響下にあることが明らかになった後もなお、排除もすぐさまできず、選挙での手伝いや献金、私的な人間関係、あるいは単純な慣れ、過去からの継続を優先してしまうのである。 

  

本書の記述は徹頭徹尾、韓国人としての自己反省であるにすぎない。日本が悪いとか、たらればを書いて責めるところは全くない。しかし、日本人として読むならば逆に、昨今の日本の現状こそ、大日本帝国が併合時代に韓国に残した刃が日本に飛んで返ってきて、今刺さっているように思える。 

  

本書の一部Amazonレビューにあるような「この本は日本ヘイトに塗れている」という感想は、本当に読んだのか疑わしいものである。この本から看取する限り、日本時代の統治や歴史認識や領土を巡る日韓対立は、韓国社会においては日本人が想像するような大きな問題とはとても思えない。韓国人にとって、まず重要なのは北朝鮮、次は米国、その次は中国、さらに次でようやく日本という順番であろう。それが客観的な見方と思う。 

  

だがしかし、韓国においてマイナーに過ぎなかった日韓の歴史観や価値観の対立は、日本ではとてつもない最大の懸念事項に仕立て上げられ、世論は韓国ヘイトに塗れてしまった だから、本当に読んだか疑わしい嫌韓論者が、内容と無関係のレビューで星一、という営業妨害としか言いようのない出来事が起こってしまっている。

  

興味深いことだが、日本において嫌韓世論を主導した一連の集団・人物は、統一教会の政治浸透が発覚した後、ほぼ誰一人、統一教会の批判に回ることがなかった。あれほど、何かあるたびに「在日朝鮮人の仕業であるに違いない」といい、「韓国・北朝鮮・中国の政治的影響が誰それ・どの団体に及んでいる」と大騒ぎした人々が、同じ口で、現実の韓国による影響を目にしたとたん黙りこくり、さらには統一教会の活動は、信教の自由と擁護さえして見せたのである。何のためか分からないが、日本で韓国ヘイトに火をくべた人々は、統一教会、韓国右派、反共といった、韓国系列の影響下にあったと確信せざるを得ない。 

  

統一教会だけに限ってみれば、日本国内で韓国ヘイトを煽り、韓国内では日本の過去の罪を強調する、という二枚舌的実態が報道されている。さらにそれに加え、右派であり文政権と対立していた国家情報院もまた、日本右派と協力し、慰安婦を貶める活動を支援していたというスクープを韓国の放送局MBCが、2021年に報道した。

 

韓国から日本に対する嫌韓煽りへの加担が、統一教会だけの問題であるとは思えない。日本における韓国ヘイトが、韓国右派による国際的協力のもとエスカレートした、という構図は、韓国右派政治全体や、国際的な反共政治運動といった、さらに大きな文脈・意図と照らして理解される必要がある 
 
かくして、日本政治は、統一教会を経由して、韓国右派と同じ国是「反共」を持つにいたり、韓国右派と双子の存在となった。

 

これはとりもなおさず、どこまでも「新冷戦」における優位を追い求め、共産圏国家である中国、ロシア(旧ソ連)、北朝鮮を相手とした国々との絶滅戦争に向けて常日頃準備するということである。論理的な出口は核戦争である。だが、その可能性をリアルに想像して恐怖できるならば、そもそも与党政治家として立候補しないであろう。かくして、我ら日本人は無自覚なまま、危ない船に乗せられ、自らの命を弄ぶ滅亡ゲームに傾斜していく。 

  

第二次安倍政権以降の自民党政治を理解するためには、まず韓国戦後史を押さえなければいけない。その独裁と涙を知らなければならない

 

最後に希望を述べるとすれば、自民党完勝で運命を動かせないかのように見える日本とは異なり、韓国には政権に抗し、米国に抗し、反共一派と互角に戦っている勢力がいる。私たち日本人にできない理由を考えたい。 もしそれが、自らの醜い過去に向き合えない弱さであるならば、やはり私たちは詰んでいるのだろうな。

 

なお、日本の韓国報道は媒体を問わず、韓国右派応援ほぼ一色である。だから日本で報道を見ても、右派的な反共意識が高まるだけで、韓国民衆一般の気持ちは理解できないと思われる。問題は統一教会だけではないもっと広く深い